ほわいとさんのHAPPYBOY見聞録?

ネットに蔓延する怪しい情報や理不尽な事柄に物申すブログです。

謙譲…弱さを強さに!!!

第拾参の徳目

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謙譲。

第拾参の徳目は、

「謙譲」

エスおよびソクラテスを見習うべし

です。

辞書によると謙譲とは、

へりくだること。謙遜(けんそん)。

謙遜のほうがピンとくるかもしれませんね。

エスとはイエス・キリストのことです。

イエス・キリストは30歳の時、布教を始める前に

ヨルダン川にて、バプテスマのヨハネにより、

バプテスマ(洗礼)を受けています。

この時、ヨハネはキリストに対して、

 「私こそ、あなたからバプテスマを受けるはずですのに、

あなたが、私のところにおいでになるのですか。」と聞きました。

 ところが、キリストはこう言ったのです。

「今はそうさせてもらいたい。このようにして、

すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです。」

バプテスマとは、罪を悔い改めてクリスチャンとして新しく生きる為の、

儀式です。イエス・キリストは罪の無い御方だったので、ヨハネ

「自分が受けるべきなのに、どうしてあなたが受けるのですか?」

と聞いていたのです。それに対して、キリストは、

「全ての正しいことを実行するのは、ふさわしいことである。」

と答えられました。自分の教えに従う者の模範となる為に

正しいことすなわち、バプテスマを受けられたのです。

 キリストの生涯は、弱き者と共にありました。

弱き者と同じ目線で教え導いていたのです。

無知の知

謙譲と聞いて、イエス・キリストを見習うというのは、

何となくわかったのですが、ソクラテスについては、

名前くらいしか知りません。

色々と検索してみると、

 無知の知」という言葉、「自分自身は何も知らない」

ということを自覚していることから、

このような自覚があるために他の無自覚な人々に比べて、

優れていると考えたとされている。

 ソクラテスは当時、知恵者と評判の人物との対話を通して、

自分の知識が完全ではないことに気がついていました。

言い換えれば無知であることを知っている点において、

知恵者と自認する相手よりわずかに優れていると考えたのです。

また、「知らないことを知っていると考えるよりも、

知らないことは知らないと考えるほうが優れている」、とも考えました。

 弱さを知る

自分の弱さを認めるということは、とても勇気がいることです。

新約聖書の第2コリント人への手紙12章9節では、

 使徒パウロが人の弱さについて、このように語っています。

『しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。

というの は、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」

と 言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうため に、

むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。』

 パウロと言えば、元はサウロというキリスト教徒を迫害する立場の人間でした、

彼は迫害の最中、キリストの声を聞き、目が見えなくなってしまいました。

アナニアというキリスト教徒が神のお告げによって、

サウロのために祈るとサウロの目から鱗のようなものが落ちて、

目が見えるようになったのです。こうしてパウロと名を改め、

キリスト教徒になったのです。有名なサウロの回心です。

目から鱗が落ちるは、この事から来ているとも言われています。

パウロには肉体的な苦痛がありました。

恐らくは、かつて自分がキリスト教に対してしていたような迫害を受け、

身体的に多くの痛みを受けていたのでしょう。

しかしそれが取り去られることよりも、

その弱さゆえにキリストの力が自分の中で働くことの方が大切だと感じていました。

弱点が全くなければ、人間はすぐに傲慢になってしまいます。

自分が抱えている弱さを、悩むために使うのではなく、謙遜になるための機会とし、

そのことを通して神の助けを受けることができるようにと思っていたのです。

そして10節では、「私が弱いときこそ、私は強いのです。」と語っています。

神が人に弱点を与えたのは、人が謙遜になれるようにするためです。

そして、その弱点を認めた時にそれが強さに変わるのです。 

大捕手

このテーマを考えた時に弱点で思い浮かんだのは、

ヤクルトスワローズで捕手、監督として活躍された古田敦也さんのことです。

古田さんは、大学卒業時にドラフトに掛かると言われていたのに、

指名予定だった球団からメガネが原因で外されてしまいます・・・

普通ならそこで心が折れてしまいそうですが、

古田さんは、「この際の屈辱が自身の反骨心に火をつけ、

意地でもプロで活躍してやるという強い気持ちに繋がった」と語っています。

そしてトヨタ自動車に入社後、ソウルオリンピックに出場し、

銀メタル獲得に貢献しました。そして、1989年のドラフト会議にて、

ヤクルトから2位指名を受けました。

当時は眼鏡の捕手は大成しないと言われていましたが、

1年目から正捕手を努め、2年目には首位打者となり、

長きに渡って、ヤクルトの守りの要として活躍されました。

 2005年4月24日、捕手としては恩師である、野村克也さん以来史上2人目、

大卒・社会人を経てプロ入りした選手としては史上初の通算2000本安打を達成

同年、野村さん以来29年振りとなる選手兼監督となり2年間指揮をとり、

2007年に引退しました。古田さんの活躍によって、

メガネをした捕手が増えたのも凄い影響力ですし、

何よりも当時の弱点と言われていた事を覆しての活躍は素晴らしいの一言です。

www.youtube.com

 

 古田さんの経験は、どこかの界隈の動画を見るよりも何億倍も価値があります。

 是非、一度ご覧になってみてください。

界隈からの解脱

【あの人は今】批判した方とおだやかにお話ができた - メロンパン、リスクを考える

界隈からの解脱

2020/06/07 02:11

 引用記事では、とある界隈から解脱できた方のお話が記事にされています。

当方も、メインアカウントのほうでお知り合いではありますが、

あの界隈を解脱できる方は、中庸な方であり、

自分の弱さを理解されている方だと、感じています。

引用Tweetの方は、誹謗中傷騒動で他のフォロワーさんのことを考えて、

アカウントを消去した、イケハヤ界隈の現実さんへ、感謝のTweetをされています。

 

今回のテーマで紹介した聖句についてTweetした時には、

 と、大変恐縮なお返事を頂きました・・・

 どのような分野においてもそうでしょうが、

謙虚な姿勢は成長には大切だと思います。

昨今のエセインフルエンサー共の傍若無人の振る舞いには、怒りを覚えます。

他者を見下し、様々な業種の方を差別し、批判する相手は、

誹謗中傷で訴訟するぞと脅し、自分にとって都合の良い声しか集めない、

そんな連中には、いつか怒りの鉄槌が落ちるに違いありません。

最近もTiktokに進出したは良いが、

地雷を踏んだようで、とある業界の怒りを買いつつありますが・・・

TiktokTwitter民のように優しい人ばかりとは限りませんから、

何が起こるかはわかりませんね・・・

謙譲の美徳

謙遜ばかりのお話になってはしまいましたが・・・

謙譲の美徳とは、人を先に立てて自分は出しゃばらないという美しい行為

日本の諺で言えば、「情けは人の為にならず」と同じような意味があると思います。

「情けは人のためにはならないからやめよう」と勘違いしている人も多いですが、

本来は、「情けをかけるのは、人のためではなく、

それが回り回って自分に返ってくるからだ」という意味です。

 何かを人に譲ったり、出しゃばらないというのは、

自分自身が謙遜でなければなりません。

どのような人に対しても、謙虚に接することができるような、

器の大きい人間になりたいものですね。

次回は、十三の徳目のまとめをお話したいと思います。

以上、お読み頂きありがとうございました。

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